
第四話「翔」
営業車で都内某所を回っていた時のことである。
その日も納品が数カ所あったのだが、いつになく渋滞で
得意先への到着が遅れ、いかばか焦っていた。
こんな時に限って、いつも駐車しているコインパーキングは
「満」の表示になっている。
イライラしながらタバコをくわえ、カーナビに出ている
ほかのパーキングを探し、周辺をグルグル回ったのだ。
だが、いずれも「満」「満」「満」「満」の表示。
いったい今日はどうなっているのだと、己の不運を嘆く。
そうは言っても時間は経つばかりであるから、
得意先へは「車が混んで……」と遅刻の詫びを電話して、
引き続きコインパーキングを探す。
すると、カーナビには出ていない「P」の看板を発見。
よし! 「満」ではない。ん……あれ? この表示って?
「翔」
これは、どういうことだろう。
だが「満」ではない。表示板に不具合でもあったのだろうと
自分勝手に解釈をして、ウインカーを下ろし、ハンドルを左へ切る。
黒黄縞の遮断バーの前、ほかと変わらぬ自動発券機がある。
問題ない、とボタンを押した。
「いらっしゃいませ」と自動アナウンス。
ん、このヘリウムガスを吸ったような、高い声って……。
遮断バーが上がってパーキング内に入ると、
危惧していた事態が、目の前で起こっていた。
場内に大型のワゴンカーが一台だけ停まっていたのだ。
スモークガラスで遮断された車内から現れた、
リーゼント&サングラスの男。
「なんだ、お前。オモテの表示が見えなかったのかよ」
「は?」
「翔って、書いてあっただろ。翔って」
先客は、哀川翔だった。
「え……あの、翔って」
「だからさあ、あの翔って表示は、オレ専用ってコトだよ」
「はあ」
「入っちゃったんだから仕方ねえけど、次は気をつけろよ」
「すみません」
「オレだから、スミマセンで済むんだぜ。もしさあ、表示が
“力”とかだったら絶対に入るんじゃねーぞ」
「“力”って、竹内……」
「そーだよ」
そう言って、哀川のアニキはパーキングから去っていった。
私が配送を終えて車に戻った時にはアニキの車はなく、
表示も「空」に変わっていたのだった。
それが数カ月前の話である。
以来、「翔」と表示されたパーキングに出くわしたことはない。
だが今、私は新しく発見したパーキングに、この表示を見つけた。
「優」
これは、どういうことだろう。
もしかして、蒼井優がこの中に……。
私は迷わずウインカーを下ろし、ハンドルを左へ切る。
いや、待てよ。
優と言っても、山田優かも知れないし。早見優ってこともある。
ええい、ままよ!
そう言って私はパーキングに突入するのである。
「夏色のナンシー」を口ずさみながら。